釈迦塚歴史考

古文書講座 (第72回)

古文書講座 (第72回)
本編072写真

解読編
直ぐに使いの者同道御当地へ罷り出内無々御伺い申し上げ、郷宿米
屋を以って雇い賃銭にて相済み呉候様打ち合いに及び候所、仕分け人足
不足故、助郷相頼み候次第に付雇い賃銭にて済み兼ね候趣申し
居り候に付上田郷の義は極薄地にて米穀取揚げ等も
不足、其の上此節は積雪にも差し連ね人馬の通路計り難き
折柄に候間、何卒賃銭にて引き請呉れ候様掛け合いに及び候得共取
用い申さずに付、右の段御陣内へ申し上げ候処、御手代松野
廣右衛門様御付き添えの上 酒井隠岐守様へ歎願致
すべきに付宿役人の内壱人同道致すべき御達しにこれ有り候
安中宿のものども申し上げ候には遠路御苦労に罷り成り
其の上御後れに相成り候ては御継ぎ立ても差し支え候間、尚郡中
成り代り東海道保土ヶ谷辺にて願い替仕り度間、御引き下ヶ願いの
上罷り帰り候由に御座候。
一 当時柏崎御預かり所二又村庄屋省介(片桐)出雲崎に
罷り在り、

古文書講座 (第71回)

古文書講座 (71回)
本編(071)写真

解読編
郡中の者は迚も遠路の処人足引き纏め被参候ても
御継ぎ立て御間に申し間敷く哉、殊に難渋の郡中の
義に付御赦免御願い申し上げ度、御添翰仰せられ成し下され度、
御願い申し上げ奉り候所、三島郡の者も篤と勘弁いたし候処
遠路と申し莫大の人足難渋至極に付き、蒲原郡
中の者同様御免願成し下され度旨願い立て候得共、その
村々相対願い致し候義は格別御添書
仰せ付けられがたき趣、御沙汰に付当惑種々評議中の趣の由
申し聞き候
一 同所嶋川屋と申す郷宿に塩沢町中子新田庄屋忠左衛門
と申す者止宿罷り在り候に付承り合い候所、去月十五日安中宿
の者由にて上田郷助郷仰せ付けられ候旨、御奉行所様御
印状御跡より持参致すべき由にて参り候間、御陣内へ御伺
申し上げず候ては、取計出来難き旨挨拶に及び郷中惣代として
※ 添翰  添え状のこと

古文書講座 (第70回)

古文書講座 (第70回)
本編070写真

解読編(読み下し)
恐れながら口上
和宮御継ぎ立て人馬中山道八幡宿始五ヶ宿へ
助郷仰せ付けられ候趣、右宿より 酒井讃岐守様御尊
書持参いたし候一件、出雲崎表聞き合い方仰せ付けられ、
2日朝同所枡屋甚蔵かたへ参り承り合い候所、同人義不快
にて平臥罷り在り候に付同人兄相田屋戸右衛門義は
郷宿仕居り候者の儀に付き、」早速罷り越し承り合い候処
御陣内へ相伺い御しらせ申すべく様申し聞き相待ち居り候処、罷り
帰り御陣内に尋ね置き候ても、御評議中の趣申し聞き
訳は去る廿日本山、洗馬、塩尻3宿の御役所
へ罷り出 酒井讃岐守様御印状持参にて別
紙の通り願書差出詰合い、郡中御呼び立ての上
御仰せ渡し候、三島郡の義は御請申し上げ候得共、蒲原
※不快 病気のこと

五十志霊神社

新発田市の五十志霊神社に参拝、玉串を奉奠してきました。1712(正徳2)年、新発田領中之島組の騒動の責任を取らされ首謀者として獄門2人斬首3人の犠牲を出しました。のち冤罪であることが分り、名誉を回復し藩によってこの神社に祀られました。昨日は彼等の命日で例祭が執り行われました。 今回は新発田市の「与茂七を偲ぶ会」に招待されて出席しました。因みに我が釈迦塚新田名主浅野吉郎右衛門の倅久之助は騒動に連座し取調べを受けましたが判決前夜、親に類が及ぶのを恐れ自殺したと伝えられています。