釈迦塚歴史考  直前に戻る
安積良斎撰文「誠斎記」解題並びに訳注
財団法人斯文会会報 斯 文 第118号
早稲田大学名誉教授 村山吉廣様
斯文会会員 郷土史家 上木みつ様

私ども「釈迦塚歴史考」というHPを立ち上げて11年がすぎました。多くの方々が、このHPを読んでいただき誠にありがたく思っております。この釈迦塚は淡路久雄氏が中心となり越後の一地方の歴史としては圧倒的な資料をもつにいたっております。勿論、氏はHPで発表される以前より、この地の歴史を独自に研究していただいたものをHPという形で発表をさせていただいて現在に至っております。
淺野家十代淺野正八郎忠政(政恵)は文化十二(一八一五)年に生まれ、文久二(一八六三)年没でありました。与喜衛門ともいい誠斎、越涯の号もある。十代は昌平黌(昌平坂学問所)に学んだとされ、家には安井息軒書の「淺野共甫字説」(掛物)、塩谷世弘撰文「坂井砦蹟碑」(同上)、廣瀬謙書「坂井砦蹟」(七律一軸)ほかが伝わっています。
『誠斎記』は昌平黌に学んだ十代に対し昌平黌の教授である安積良斎(あさか ごんさい)が執筆した文書であります。子孫とはいえ、時がたち、安積良斎があの昌平黌の有名な教授だったということが受け継がれていましたが、私達(少なくとも私)は、さほど気には留めていませんでした。
今回、かねてより淡路久雄氏に問い合わせをいただいていた財団法人斯文会会員の上木みつ様をとおして、「釈迦塚の歴史」及び『誠斎記』の写真をお渡しし早稲田大学名誉教授の村山吉廣先生から解題並びに訳注をいただき、斯文会会報に掲載していただきました。その論文を釈迦塚歴史考では画像としてサイトを作ることに先生からご許可をいただきました。
また、先般(10月11日)、村山吉廣先生と上木みつ様がご来訪いただきまして、関連の掛け軸や絵巻また、積善堂遺文などをご覧になられました。この件につきましては、いずれ発表させていただきます。
2009/10/21  管理人(淺野和夫)