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2002年度 2001年度
What's New
20060817
釈迦塚の歴史(3200円)
購入については mail : 淡路氏に連絡のこと

釈迦塚御開帳が本日滞りなくおこなわれました。 今回は「釈迦塚の歴史」が淡路さんを中心に編纂にかかわられた方々の一方ならぬ努力が実り、この御開帳にあわせて、出版がされました。一地方の歴史書としては多数の方々の支持と興味をいただき、現在、増刷に踏み切ることとなりました。 この「釈迦塚の歴史」の中には多くのページに浅野家のことが登場してきています。淡路さんも挨拶の中で、歴史研究の知り合いの方々からは「浅野に対するページが多すぎるのでは?」との意見が多く出されたとの事でありました。それは、釈迦塚開墾の歴史が浅野家とその家臣との連合でなされたことと、1600年代から明治大正まで浅野が名主として続いてきたことにより、その歴史のなかに多数のページをつぎ込むこととなったわけです。また、各村民の方々もこの数百年の間で全てが浅野家との縁戚となれれていることも村を語るときに浅野家を語らねばなりません。 しかし、現在、浅野家は新潟県にはこのサイトの管理人をおいては住んでおりません。十三代浅野虎三郎が栃木に生活拠点を移してから、直系の浅野家の方々の多くが栃木を基盤とされております。釈迦塚400年の歴史は現在、釈迦塚の村民のものであり、浅野家は殆ど関係がなくなってきています。それゆえ、この後作られる多くの物語は釈迦塚の現村民の物語であってほしいと思います。 この御開帳を開催するに当たって、多くの開墾に参加されました家臣一同の末裔の方々によって、行われていることに関して、感謝申し上げます。 淡路さん、西さん、石田さん、武田さんなどの代を重ねて、ご尽力をいただいております方々並びに、世代がもう一つ若くなりつつあることにも感謝申し上げます。 また、今回は、本はホームページの影響も随所に垣間見れることがありました。それから、7年前とは様変わりしたように動画機材が目立ちました。 最後に、御茶ノ水女子大教授の真島先生から新たな発見につきましてのご報告を頂戴いたしました。このけんにつきましては近々特別のページを作成し、アップロードいたします。
早々


20060816 明日、釈迦塚では7年毎の御開帳と法要が行われます。今回、真島教授からまたビックリするような発見につきましての発表がされると思います。
それから、淡路さんの古文書講座の掲載が遅れて申し訳ありません。古文書特有の文字について若干悩んでいるので、淡路氏と相談をさせていただいてから掲載をしたいと思っております。古文書は全て縦書きでこれを横書きにすると画面が見にくくなるという特徴ともう一つは外字の問題です。そこで、解読文を画像(jpg)にすることと、もう一つはPDF化してしまうことについて検討しています。そうすると、淡路氏のPCにPDF変換ソフト(フリーソフトでもよい)をインストールしないとまずいのです。あるいは外字を私のPCに登録すればいいのですが。少なくとも、このような画像系または印刷系で対応がとれるかとおもっております。この件の決着がつけると一挙に掲載が可能であると思います。
また、現在、私(管理人)が個人的に仕事が忙しすぎて、なかなか資料が多くあるにもかかわらず、サイトの更新がままなりません。どなたか、ボランティアの方がいらっしゃったらメールを頂ければさいわいです。
mail syakazuka@hotmail.com


20060204 淡路氏古文書講座をこちらのサイトで
企画しています。すでに氏からは五回分の原稿を頂戴しています。ページを作り3月ぐらいから、掲載ができればと思っております。


20060202 釈迦塚歴史考のデザインを変更中
です。簡素にギラギラ感をなくして作り上げたいと思っております。ツールを使わずに、エディターのみでつくるつもりです。この方が最近は楽に仕事が出来ます。


20060115 淡路氏が浅野家よりの俳諧狂歌短冊の解読
を完了されました。約500点にも及ぶ膨大な短冊です。この地方の祖先の残された物や鹿都部真顔、喜多川歌麿、牧野牧之などの有名人の物もあります。いつか、この歴史考の中で発表できるかもしれません。


20031125 淡路氏のパソコン
淡路さんは年齢に似合わず、パソコンを有効に利用されています。イメージスキャナ、プリンター、デジカメなどの周辺機器も用意されています。11月19日の古文書講座の終了の時点でPCがこわれたようだとのことでした。機種はVAIOです。我々の仲間内ではVAIOには時限爆弾があり、保証期間がすぎると必ず壊れる。と言っている人もをります。そこで、昨日、お借りして修理いたしました。
保証期間が過ぎると、大変ですね。VAIOに当初搭載されていたのはSeagateでSeagateのホームページから検証用のソフトをDownLoadしてチェックしたら、完全にこわれているとのメッセージで交換をいなければなりませんでした。このVAIOのHDDの交換ですが、OSがWindowsMEで工場出荷段階でのHDDは40Gでした。ヨドバシカメラで40GBのHDDが7000円で80GBは7790円です。790円で倍増なので、当然80GBを購入したのです。ディスクトップなので、分解交換は簡単でしたが、問題はOSのリカバリーインストールが大変でした。OSが11GBしか認識しないのです。BIOSではちゃんと80GBを認識しているのに。結果的にはMicrosoftのFDISKというパーティション設定プログラムのバグであることがわかりました。以前から結構有名なバグだったのでし、自分のWindows98の時には治しておいたのに、以前のことなので完全に失念していました。65GB以上だと11GBしか認識できないのです。Microsoftのホームページから、修正版のFDISKをダウンロードして対処しました。
VAIOは思った以上にしっかりと作られていましたが、筐体内部の体積が少なく、外部空気を取り込む専用のファンがありません。やはり、ベンチュレーションに問題を残しているようです。
もし、読者の方々もWindows98以前やMEなどのOSでHDDにインストールする際には気をつけてくださいね。

20031120
10月から始まりました淡路さんの古文書講座も12月の3日で終了します。釈迦塚文書の内、宗門改帳、検地帳などをへて、最後には短歌などの文学でとりあえずの終了を迎えます。1回2時間の5回の講座なので、入門の入門としての性格です。出席者の多くは私と同年代かそれ以上の方々です。古文書の勉強だけでなく、当時も村の様子を、例をあげて説明していただき、江戸時代の大部分の人口を抱えている村の様子が、少しずつ理解ができるようで、参加者は脱落なく、熱中しておりました。私以外は地元の方々ですので、文書の書いた人は何処そこの誰々の祖先だと言うこともわかったりして、親近感もあるようでした。私にとりましても、題材が釈迦塚関連が多かったので、「これは三代目の一家のことだ。」などと、興味のある題材で楽しめます。淡路氏の朴訥とした語り口が、講義以上に真実を付け加えておりました。

20031015
たった今、古文書講座からかえってきたところです。本日は宗門改帳でした。題材は四代目吉右衛門の一族の明覚寺の改帳でありました。すでに、三代次五右衛門はわずか、四十九歳で隠居していました。次五右衛門といえば、浅野由緒書でおなじみですが、若いうちに苦労したせいか、四十代での隠居となっています。歩がトとかかれるのは将棋と同じなのだと感心しました。

20031001
 十月一日、十五日、十一月五日、十九日、十二月三日と、何れも水曜日に五回にわたり釈迦塚の近くの今町公民館で淡路久雄さんが講師となって古文書講座が開かれます。私も参加させていただきます。少しでも、私も古文書が多く読めるように技量を磨くとともに、この講義をデジタルビデオで収録し、保存するためでもあります。
出席して、初めて古文書にあたる初心者の方が大部分でした。私にとりましても、昨年十月から、仕事が忙しく、中々集中して古文書を勉強する時間がありませんでした。メンバーは全員で十五名ということで、少人数ですので、すぐに締め切られたようです。私以外は全てが、見附市出身のかたがたです。今回は検地帳が題材でして、アットいうまの2時間でしたが、参加者の方々は何とか読めるようになりました。また、この「くずし字講座」(古文書講座)で使用された文献は釈迦塚のものでした。やはり、講師がよいのでしょう。宿題も出されるので、それなりに身が入ります。

20030817
 釈迦塚公会堂で例年恒例の古文書類の虫干しをいたしました。
今回の虫干しでは武田さんのお宅の倉庫を整理していましたら、浅野虎三郎氏の釈迦塚での病院の看板が見つかりました。保存状態が悪く、漆もはげております。

内務省許可
内外科醫 浅野虎三郎

毎年、淡路、西、石田、武田の地元四人と、東京から真島先生、それに私の六人が参加しておりました。地元のメンバーの高齢化にともない後継者を募っておりましたが、今年より、地元に三名の方が参加されることとなりました。ひとりは淡路さんの本家筋のかた、また、真島先生の本家のかた、それと最も若い方が参加されました。

古文書の多くは宗門改め帳、裁判記録、藩からの通達、年貢に関するものです。淡路さんはあ宗門改め帳を解読して、1650年代から1800年代前半までの戸籍を作り上げています。大変な労作で、浅野家以外の村人の祖先がわかります。古文書の解読はとても難しく私も真島先生も淡路さんの手ほどきを受けながら勉強をしていますが、いっこうにはかどりません。今年の十月より、淡路さんが見附市の教育委員会主催の古文書講座の講師になりますので、私も無理を言って参加させていただくこととなりました。

今回、古文書の中に一万人の大行列で有名な公武合体の象徴的出来事の「皇女和宮様」のお輿入れ道中(遠く離れた中仙道まで)のサポートを村人がさせられた一件についての記録がありました。悲劇のヒロインとしての「和宮」とは別に、実際、公武合体論とそれに反対する尊皇攘夷派の襲撃を警戒した時代背景が、中仙道から遠く離れた越後の片田舎まで影響があったことがはっきりとして、この件が多くの村民の苦渋の上になりたった当時の国家事業であったことがわかる資料です。この資料も含め多くの古文書類は毎年の虫干しにもかかわらず、破損が多く見られるようになりました。私が生存しているうちに、これらの資料を全て、デジタル化しておこうと思っております。

20030513
WideStudioのプログラムレッスン
(新連載)WideStudioかんどころ
第一回 力技でカレンダーを作る(20030501)
第二回 配列の取扱(20030503)第三回 カレンダーの部品を作る(20030503)
番外編(1) コンパイルと再表示(20030502)
第四回 カレンダーの論理(1)(20030504)
第五回 カレンダーの論理(2)(20030505)
第六回 カレンダーの論理(3)(20030507)
番外編(2) 動的配列とイベント処理
第七回 カレンダーの定義ファイル(20030512)
第八回 動的配列のプログラムを作る(20030513)
第九回 カレンダーの応用(日記帳をつくる)(20030515)
第十回 日記帳のファイル操作(20030525)


20030319
フルキーボードのPDA

シグマリオンを購入してしまった。シグマリオンはZeroHalliburtonのデザインで知られているNTTのPDAで製造はNECでおこなっている。つまり、モバイルギアが中身でWindowsCEをOSとしてつかっているわけです。現在はシグマリオンⅢを開発中とのことで、WindowsXPの搭載もうわさされていますね。シグマリオンⅡは最安値で24800円がネット取引情報です。そして、今回、初代シグマリオンの未開封品を16800円で衝動買いしてしまいました。勿論、シグマリオンⅡから比べればパワーが少ないのですが、やはり、この場合初代品を購入してしまうのは私の癖です。ゼロハリバートンについてはアルミのアタッシュケースでおなじみのアメリカのバックメーカーです。ゼロハリのアルミアタッシュケースは私の憧れで、アメリカに行ったときには本当に購入したかったのですが、例の9.11の後だったので、また飛行場で中を検査させられるのが億劫なのと、現地でも高価すぎて手を出す決断がつきませんでした。ゼロハリのアタッシュは3万〜7万はします。シグマリオンはそのゼロハリのデザインです。そして、PDAとしては大型(W190mm×H110mm)でフルキーボードは完全にブラインドタッチが可能です。キー入力ではストレスを感じない。優れていると感心する。また、漢字変換の能力も普通のWindowsに比べていいように思えます。漢字変換をATOKにしてみた。変換効率の高さもさることながら、久々の使用でした。ちょっと気に入らないのがShiftキーの位置でした。おそらくこのキーが一番使用率が高いのではあるまいか。私はパソコンのキーボードでは右側のShiftキーを多用しているので、左にしかShiftキーがないととても使いづらいのです。まあこれも慣れということでしょうね。

さて、ここで、私の持っているPDAのうちフルキーボードを持つ3機種を若干紹介してみます。

ゼロハリバートンのエンブレムが左下中央よりにみえます。これがシグマリオンの外観です。右の写真はそのキーボード上に光マウスをのせてどれくらいの全体サイズかをあらわしました。
私はこのPDAが今でも大好きです。しかしもう、この機械を触ることは実際なくなりました。HP200LXは単Ⅲ2本で50時間以上駆動しました。私はこの機種のために10種類以上のFreeSoftを作りました。とても手放す気にはなれません。年に2,3回は電池を入れて遊びます。右の写真はHP200LXのキーボードにマウスをおいてみました。実はこのキーボードにはテンキーがついていました。そして、完全なDOS/V機でした。多分私のように手放せないマニアは数多くいるでしょう。
これもIBMのThinkPad史上最小の通称ウルトラマンといわれたTP110です。上の2つの機種と違って、手の込んでいるキーボードですが実際は一番使いづらかった。
3つを重ねてみました。やはりシグマリオンが少し大きめです。
シグマリオンを先頭にして左後ろにHP200LXで右後ろにTP110 を配置してみました。 現在私のプログラム開発の主力を担っているPanasonicのCF-T1と比べてみました。CF-T1もB5サイズで小型のノートパソコンですが、いかに紹介した3機種が小さいかわかります。

20030203
ほんに節分。

本日代休ですが、今、雪ぬけをやってきました。
昨日、祖父地図(ソフマップ)で格安のDVD-RW(5枚で1450円)のメディアを購入しました。DVD-RWは1枚4.7ギガバイトほど入りますので、重宝していますが、なんといってもドライブとの相性があり、たいていの格安の媒体はうまくいきません。今回も1450円をすってしまいました。私のDVD-RWドライブはIOデータ製でドライブ自体はNECのものですので、TDKや三菱製のメディアはいいのです。ただ、1枚あたり700円しますので、ついつい安いものを探すのですが、こちらは今まで、0勝3敗でして、15枚のメディアを無駄にしています。DVD-RやDVD-RAMは企画が統一されていますので、相性と言うことは比較的少ないのですが、RWはだめですね。
CD-RWはPlexWriter製のSCSIなのですが、650Mでしかないので、あまり使いません。CD-ROMで画像を配布するときくらいにしか使用しないようになりました。
我が家の書斎(あえてそういいますが、3畳の物置)には4台のディスクトップPCがあり、その内2台がマルチメディア処理用でWindows2000のOSです。DVDの書き込み装置は2台でDVD-ROMドライブが2台CD-RWが1台組み込まれています。どちらの機械にもTV-チュナーをつけていまして、音声は5.1チャンネルのドルビーを搭載しています。テレビの録画はMpeg2で行い、ダイレクトにDVD-RWに書き込んでいます。また、日本や海外の友人達とはNetMeetingではテレビ電話で遊んでいます。そういう意味で、この2台のPCは欠かせません。また、他の2台のディスクトップはいずれもUnixでいろいろなネットワークの管理用です。普段の操作はノートパソコンを使用していますが、私の書斎のネットワークは個人の物としては県内で最も規模が大きいのだそうです。8ポートハブも2台使用している道楽者も少ないでしょうね。でも、酒は飲まないし、タバコは吸わないのだから、これくらいの道楽が許されて然るべきと言ってはいますが、我が家の福の神は心が狭く、鬼は外と言いたくなりますが、言われることもあります。

2003/02/02 

スペースシャトルのコロンビア号が着陸15分前に空中爆発し乗組員7人全員が死亡した。深く悲しみ哀悼の意を表します。

ある人から年をとった不良少年みたいだといわれて
2勝1敗です。不良少年はほめ言葉、良よりは不良の方が好きですし、少年はすごく心地がいい。でも「年をとった」はシャクだ。「年をとった不良少年」は、単なる「不良少年」だと最高です。

スウェーデンに住んでいる人に言われて
>やはり「百聞は一見に如かず」と云う所でしょうか?
>一度来て見て下さい。 世界は広いです。

行きたいんですけどねぇ、私にもし、順番が与えられるなら、コロンビアの搭乗員であれたらシアワセだったかもしれません。時と空間の旅が出来るなら、地球で言えば、6億年前のカンブリア紀、かなたで言えば150億光年先、つまり宇宙誕生の過去の事ですね。それが、だめなら、私を1気圧の重力で縛り付けているこの第三惑星からのジャンプアップ。
私は自分勝手な比較文化論を展開したり、考えたりするのが大好きでして、一部の専門家になるのはあまり好きではありません。コンピューターは仕事としてよりは知識の箱としての利用をしています。しかし、私の想像の創造や妄想にも似た空想の領域にはいたりません。私は、知識をいわばその道の専門家より少ない量でいいのですが、多方面で欲しいのです。そうでないと見えない場合も多いと思いますし、常に発生の現場が正しい判断が出来るとはさほど思ってもいないのです。北朝鮮の住民が北朝鮮の実情を把握することは生活者としての一部分しか理解できないのではないでしょうか。時間も資金もチャンスも無い。ユークリッド幾何学が通用するのは受験数学で、現実世界は非ユークリッドでしかありません。
古代天文学と歴史が紐解いた成果の一つとして、卑弥呼の死亡の原因とその年の推測があります。歴史家がいかに文献をもっても魏志倭人伝以外に文献がありません。卑弥呼は239年に帯方郡を通じて魏に朝貢の使者をおくったことやその道中が書かれていて論争となっていました。卑弥呼は当時としては珍しく太陽神をまつっていましたが、紀元248年09月05日九州地方では日食となり、これが原因で卑弥呼の権威が落ち殺害されたとする説があります。真偽は誰も分かりません。当時、中国において帝は天の子であり、その人徳が有無が天災をまねくとされていました。この卑弥呼や壱与とアマテラスの類似性についてはよく論議されていますね。
文献だけでは解らない推論はどのような引出しを幾つ持っているているかが大切でしょう。私の尊敬する学者に東大の松井先生がおります。松井ダイアグラムの考え方は歴史(宇宙史をふくむ)と知を解りやすく解説し、私が探求していた最も明快な論理のひとつだと考えています。氏の学識でなければ、到達できない考え方は驚愕を私に与えました。ホーキング博士が宇宙誕生からその終焉の語り部として病をおして語る姿に感銘を覚えます。

そこで、能力や財力や想像力において著しく劣る私としては、幸運の順番を少しでも早めるために「ジャンボ宝くじ」を購入するのですが。。。。
しかし、女神の微笑みは夏には不良少年に微笑んでくれるかもしれません。

2003/01/30 

Mediaplayer9のダウンロードしたアイコンをダブルクリックし、おなじみのインストールに同意するを選択し、次を選択すれば自動でインストールされます。勿論、インストールオプションでインストール先やファイルの関連性などは指定することは可能ですが、私はデフォルトにしました。

昨日、日本語版Mediaplayer9が正式リリースされました。私も以前(2002年9月9日)のWhat'sNewで英語版のMediaPlayer9のインストールについて説明いたしました。今回日本語版はすでに英語版がインストールされていると上書きインストールをしても日本語の説明となりません。Microsoftはよくこの方法をとります。特に海外のサイトから英語の先行Versionを導入した場合に後発の日本語(または英語以外の2バイト圏:中国語、韓国語など)をインストールすると上書きでもメッセージ関係は英語のまま残ります。
そこで、以下の手順でおこなってください。
先に既にインストールしてあるソフト(今回の場合はMediaPlayer9)をアンインストールしてください。
アンインストールする方法はタスクバーの左はしの「スタート」ボタンから「設定(S)」の「コントロールパネル」をクリックしてください。すると、30前後のアイコンが出現しますが、「プログラムの追加と削除」のアイコンをクリックします。そこで、MedeaPlayer9のプログラムを削除してください。削除につきましてのメッセージはシステムの指示どおりでよいとおもいます。この仕組み(特に見た目)はWindowsXPやWindows2000などとWindows98とは若干違いますが難しくはありません。
その後再起動してから、インストールを実行してください。もしも、ダウンロードしたプログラム(XPの場合はmpsetupXP.exeで、 Windows2000やWindows98の場合はmpsetup.exe)がまだ残っているようでしたらそれをあらためて実行すれば日本語対応のメディアプレーヤー9となるでしょう。ちなみに日本語化されたバージョン情報の画像ものせておきます。
わかりきっていて当然だ、と思われる人にとってはどうでもいいことですね。

2003/01/13
昨年の暮、12月18日に淡路さんから「坂井砦蹟碑御撰文願草稿の解説」の文書をいただいておりましたが、やっと本日、掲載せることができました。また、釈迦塚の石田氏からお預かりした短冊のデジタル化も本日完了いたしました。「越天庵」の作品も数点ふくまれております。いずれ石田氏のご了解を頂戴で切れば掲載することもありえます。釈迦塚や浅野家や寺本氏関連の文献は出来るだけデジタル化をしていたいのです。理由は「デジタル化の薦め」を読んでいただければ解ると思います。 最近はこのホームページも1日100を越えるアクセスがあるようになりました。昨年11月は平均が40〜50のアクセスでありましたが、不思議な事に月が替わったとたん(12月1日から)アクセスは半分に減ってしまいました。やはり現在は不況で年を越すのに悠長にかまえるわけには行かないのであろうと思っておりました。ところが、これも年が変わりましたとたん(2002年1月1日から)爆発的にアクセスが増加しました。狂歌の趣味の方が淺原氏のページを中心としたアクセス、また古文書に興味のある方や淡路氏のページに対するアクセス、真島教授のページにたいするアクセスなどいずれも倍増しております。内部的なアクセスカウンターを見るまでも無く、我が家にサーバーを置いているのでインターネットからの接続ランプは点滅のしている時間がとても多くなりました。ページをごらんになられている方がページ当たりの見ている時間も長くなっています。

20030111
世間では連休が始まるらしいのですね。母と一緒に病院にいったら予約をしておいたにもかかわらず、普段よりはるかに遅くなってしまいました。母は歩行が困難ですが、殆んどの自分のための日常生活維持は独力で考えながら行います。どのようにしたらボケないのかは定かではありません。
30歳を過ぎると1日10万個の脳細胞が死亡するといいます。また60歳を超えると20万個になるそうです。すると60歳で10億9575万もの脳細胞が死滅していることになります。母は84歳を過ぎておりますので、さらに17億5320万個をたして、最大時より28億4895万もの脳細胞が死滅していることとなります。全脳細胞の20%近くでしょうか、各種細胞のうち再生の難しいとされている神経細胞の塊なのに記憶は部分的に欠落したとしても復活が容易です。
母は記憶の欠落が発生していることを意識していて、それに立ち向かうすべとして新たな記憶をつかさどる知識を必死に導入しています。
私もどんなに忙しくとも月間の最低の目標である1500ページの読書は欠かすことはありえません。私の読み終えた本の一部は母の読書の材料となるのですが、それが、うまくいっていると私は思っております。本日は母の定期検診の付き添いで半日がすぎてしまいました。母の記憶や判断力の検査結果は母の年齢において、最高点である満点をたたき出したそうで、このことは毎回医療スタッフがびっくりしています。ちなみに、検査項目で、「100から7を引いてください」といわれて、即座に「93」と答え、また7を引いてくださいといわれ「86」と答えました。50以下までの対応はほぼ瞬間的に答えまして、それで、この検査は終了でした。次にやはり、数字の問題として、4桁の数字を医師が言い、それを言った順の逆からいうというのがありましたが、これについても、瞬間的に答えられていましたので、私もびっくりしました。その他の10種類を超える検査項目はらくらくクリアしていて母は退屈そうでした。
母は最近、北朝鮮のデータブックを読んでいました。国民総生産から石油輸入量までのデータはとても面白いものでした。「本日の北朝鮮情報」などと言えるほど北朝鮮のことがニュースに流れます。やはり、TVやネットでのニュースだけですと、背景が薄すぎて見えないものが多いように思います。
だから、ついでに行われたMRIの検査でも母は前の装置と変わったことを興味を持って、検査技師に質問をしていました。私も彼女の年齢にあのような記憶と判断力があるのかと驚いている反面、尊敬もしております。目が痛いので最後の20ページになった中国の歴史ガイドラインが内容の文庫本は読むのを止めて寝ます。
久々の休みはそれなりに有効でした。

誰もおもしろがってくれないのに、ロシア民謡から、『走れトロイカタコハマチ』というのがあります。トロやイカも走るのだからタコやハマチも参加してもらいたいのですが、うけません。

20030109
新年明けましておめでとうございます。
2002年度10月以後全く個人的には釈迦塚についてのアプローチは出来ませんでした。私は現在定年を後数年後にひかえた食品流通関係のサラリーマンで情報システム部の責任者をやっているのです。流通業はご多分に漏れず不況の真っ最中で幾多のスーパーが倒産しています。私の会社では昨年10月に県内の倒産したスーパーマーケットの内4店舗を買収し、当社のスーパーマーケット部門の子会社で12月の中旬に同時4店開店をすることとなったのです。
結局、昨年最後の2ヶ月は休めないほどの状態でした。正月は元旦の午前中のみで全く貧乏暇なしの状態です。明日は久々の休日となりますが、母の介護保険更新のために、病院に付き添いとして出向かねばなりません。昨日は、白山神社で幹部社員約100名で神主から祝詞をあげてもらい、その後会議を白山会館でおこないました。まあ、新年の各事業部署の報告と顔合わせですね。明後日は越後一ノ宮である弥彦神社で我社をサポートしてくれる業者の方々(約280名)と参拝し、ナオライを岩室のホテルで行います。これが年賀の行事で私のように酒を飲まない者にとっては苦痛でしかありません。年末年始はとても忙しいので、松の内が過ぎてからのに社内外の行事が多いのは例年のことです。それから、12月末をもって定年退社した同僚の送別会があり、中規模のシステムの立上がまた月末から始まります。
私のセクションの人間はテーマで働かなければなりません。それが嫌なら私のセクションでは不要なのです。時間で働く部署ではありませんので、極端に忙しくなることも多々あります。裏を返せば暇なときもあるわけで、そんなときには徹底的に勉強をさせますし、します。ですから、みんな疲れますが、生き生きしています。それから、会社では神社への参拝が年に3回ありますが、私どものセクションのメンバーは私以外は出席させません。私は仕事と割り切れる年齢です。また、私の部署のメンバーは信心深い者には向かない仕事です。必要なのは分析力と集中力と気合と向学心でしょうね。
年末は点滴の連続でしたが、今年にはいっては最高のコンディションです。
なんか、私だけがギトギトとして情緒の無い生活ですね。
でも、京都と奈良に行きたい。2月にはまた遊びに行くつもりです。京都と奈良は2年間で8回も旅行に行きました。春夏秋冬いずれも大好きです。