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発刊 「釈迦塚の歴史」紹介

管理人からのお願い
「釈迦塚の歴史」が出版されました。出版に漕ぎ付けるまでに7年もかかっています。それ以前から淡路氏を中心として、釈迦塚の古文書を解読され、多くの文献を発表されています。浅野家と25人の家臣から始まって現在も51戸という小さな村でありながら、このような歴史の本を発刊できたのは、ひとえに現釈迦塚の方々のお力であります。古文書は存在するだけではあまり意味を持ちません。それを補修し保存することは大変手間のかかる事なのです。さらに古文書や資料は解読し、まとめあげてこそ意味があるのです。淡路氏は400点以上にのぼる狂歌短冊の解読も数年をかけて終了されました。
ですから、私を含め特に浅野家の末裔の方々へのお願いですが、この出版物を読むにあたって、先祖を単に懐かしむだけでなく、
現在の釈迦塚の方々への感謝の念絶対に忘れないでいただきたいのです。今後ともこの「釈迦塚歴史考」というサイトは運営し続けてまいります。淡路氏に更に多くのお願いもしています。もしもご自宅に継承されている歴史資料がございましたら、私宛にご連絡いただければ幸いです。

syakazuka@hotmail.com

隣に「釈迦塚の歴史」より、「まえがき」「目次」「あとがき」を掲載させていただきました。

見附市教育委員会で紹介されています

2006/08/19
まえがき

釈迦塚の歴史編集委員会 淡路久雄

平成十一年(一九九九)釈迦塚町では、開村四百年を祝って記念碑を建立しました。その事業と一緒に話の出たのが 記念誌『釈迦塚の歴史』の発行でした。

四人の編集委員と私とで、七年を費やし、やっと発行にこぎ付けました。最初の一年は釈迦塚町所蔵の古文書の整理に明け暮れてしまいました。少しずつ書き足し書き足ししていったものがやっと一冊の本としてまとまったものです。

『釈迦塚の歴史』の一番の特徴は、資料のほとんどが釈迦塚町所蔵文書でまかなわれていることです。一部、補足した参考文書等は、出典を後ろに記しました。

内容は通史編と資料編に分けました。通史編には写真・図表を加え、更に難読文字にはルビを振りました。資料編の中で釈迦塚町所蔵文書を生の形で読んでいただきたいと思い、特に重要と思われる文書を紹介し、それを古文書解読の手引きになるように、読みづらいのを承知で忠実に直訳したつもりです。

何分素人の本造りですので、果たして目的の釈迦塚町の歴史が、正確に皆様にお伝え出来たかどうかよく分かりません。その点は、ご容赦下さいますと共に、この本が本棚に収納されたままにならず、座右に置いて時々目を通して戴ければ幸いです。



目     次

開村四百年を記念して    釈迦塚町区長 武 田 又司郎
発刊によせて        見附市教育長 神 林 晃 正
まえがき          編集委員会  淡 路 久 雄
 釈迦塚の歴史
一 先史時代
 細田遺跡の語るもの
二 古  代
 大坪遺跡の人たちはどこへ行った
 釈迦塚町の遺跡            安藤正美
  1 釈迦塚町の自然環境
  2 釈迦塚町の遺跡
三 中  世
 ①山城国、流浪の旅の始まり
 ②若狭高浜から大聖寺を経て新発田へ
 ③坂井砦へ落ち着く
 ④上杉遺民一撲
四 近  世
  ①近郊の状態
  ②釈迦塚新田の成立「浅野家由緒書」より
  ③開墾成功、釈迦塚新田の成立
  ④釈迦堂の建立
  ⑤釈迦塚新田の危機
村 の 姿
  ①検地と年貢
  ②組と村の役人
     大庄屋 名主(肝煎) 組頭 百.姓惣代 本家^株)
     名子 間脇 分家の手続き
  ③村の暮らし
     宗門改帳 郷中法度
     新田開発と感慨設備、米以外の農作物
  ④命をかけた水争い
    太田堰一件 坂井蛇島堰所一件 百間土居顛末
     天保八年の騒動 釈迦塚新田より小古瀬村への言い分
    万延元年の一件 明治十五年 耕地整理事業
    昭和六年の協定 昭和三十七年これが最後となった
    丸山興野一件 扇橋訴訟
  ⑤体制への不満
    与茂七騒動
  ⑥浅野家のこと
    甚太郎改め次五右衛門のこと 高直しの祝儀
    名主俸久之助とは 寺本家について 九代目儀右衛門
    儀右衛門と狂歌 越天魔と喜多川歌麿
    十代浅野正八郎忠政 浅野虎三郎 浅野正八郎政行
人々のくらし
  ①飢饅に泣く
    捨て人一件 水害 冷害 風雨 病虫害の記録
    藩より不作に付貸し米など救援の記録
  ②三條大地震の記録
  ③親孝行
    親孝行の表彰状 もうひとつの親孝行
    釈迦塚新田谷江庄左衛門所持土器
村の文化
  ①行事と信仰
   いろいろの講 釈迦堂の存在
    宗門改めと寺請げ制度 檀那寺の変換 神社
    諏訪神社 十二神社 米山講 甲子講 戸隠講
    弥彦神社初穂講 伊勢講 天神講 太子講 大師講
    せいとく神? きんせ様 十五日講 二十八日講
  ②読み書き
  ③俳諸、狂歌
  ④文化民俗・口伝
     相撲 白浪吉蔵 惣蔵塚 河童のお授けの薬 山伏塚
      伽羅之油 石塔・石仏群 地蔵尊 米山塔 甲子塔
  ⑤顕彰碑・記念碑
     白浪吉蔵碑 開村三百年記念碑 開村四百年記念碑
     慰魂碑 忠魂碑余談
  ⑥民 俗
     壷踊り唄
  懐旧録
思い出終戦前後の思い出思い出曾祖父のこと
五 近・現代
一 明治維新
     今町戦争 田之尻諏訪神社献額 居士隊のこと
     居之隊々土真島牽次 生活難渋者に御手宛米下さる
二 村の政治
  ①壬申地券公布・地租改正
三 作られた町と村
  ①村の呼び名の変化と合併
  ②釈迦塚校
  ③村の暮らし
     明治五年「日記録」 質素節倹申合約定
     昭和の農家の休日 稲刈り休み
  ③村極め
     坂井村大字釈迦塚役員名簿 明治二十七年度評議員
     坂井村大字釈迦塚歴代区長 大字釈迦塚協議録
  特別寄稿
釈迦塚の古文書公開訪間十年        真島秀行
江戸と釈迦塚を文化で結ぶ点と線      淺原雄吉
釈迦塚によせて              浅野和夫

  資  料  篇
凡 例
解 説
浅野家由緒書上
浅野家(寺本)一系図
浅野家系図二

坂井塗蹟碑
字太田堰一件御用留書帳写
差上申熟談讃文の事
百間土居交換約定書
儀右衛門江再興
大地震に付潰家井痛家御見分御請書
「安積艮斎より浅野正八郎」への書簡
丸山興野一件
丸山興野出府雑用組方眼中区割始三口割賦御割印預帳
書上類下調 釈迦塚
明治五年「日記録」抄
質素節倹申合約定
申合詰約之事
釈迦塚新田屋号一覧
釈迦塚歴史年表
あとがき

あ と が き
 私たちの住む釈迦塚町は大変古い歴史があり、開かれた年代は凡そ四百年前と言われています。開村の年代については三つの説があり、一五九八年に浅野家一族が新発田藩侯について、加賀大聖寺から新発田に入城した年とする説その後一六〇〇年に坂井砦に入った年とする説、一六三八年に釈迦塚新田として公式に新発田藩から認められた年とする説です。
 開村四百年記念事業を企画した際に、正しくは釈迦塚新田を一村として藩に認められた時から起算したいと考えました。しかし、今から百年前の村の先人達は、一五九八年から起算した明治三十一年に開村三百年祭を行い記念碑を建立しています。その先人達に敬意をはらって、その百年後にあたる一九九八年を開村四百年と決めました。
 年は前後いたしましたが、記念事業として開村四百年記念碑の建立と、今までの村の歩みを記録することが計画されました。みなさんの協力で、 「記念碑」は一九九八年に建立することが出来ました。ついで『釈迦塚の歴史』の発行準備に入りました。
 執筆にあたって、釈迦塚町の資料収蔵庫の多くの古文書のなかから、何を取り上げるべきかについて本当に悩みました。また、本の体裁も、多くの皆さんの親しみやすい形にしたいと考えました。参考にしたのが、見附市発行の『見附市史』を分かりやすくまとめた『ふるさと見附の歴史』です。その本の目次、構成など参考にして作業を進めてきました。その項目別に、該当する資料や文書を探し出して 書き足し書き足しして一冊に纏めました。そのほとんどを、釈迦塚町所蔵の「浅野家文書.区有文書」で完成できたことは、村として誇りに思って良い意います。一つだけ残念なのは、明治中頃から昭和にかけての近代の資料が少なかったことです。行政の形が・名主一浅野家一という独占的地位にあった人から村民の合議により運営されるようになってきたことにより、大字文書の保管がなおざりになっできた傾向がみられます。今後の対策を考えなければならないと思います。
また、、十年来釈迦塚の歴史に関わられた浅原雄吉氏(歌麿越後来訪)、浅野和夫氏(浅野家のルーツ・広報担当)、真島秀行氏(真島.寺本のルーツ)から玉稿をいただき掲載することができました。御三方には厚く御礼申し上げます。編集委員の皆様には、本誌の体裁、校正にも長い間、大変な努力をしていただきました。私ともども素人の集まりで、よくここまで出来たものと感謝いたしております。
 また、この企画.編纂に際し民俗文化資料館、古文書研究会の山谷ヤス子氏ほか多くの方々からご指導ご協力をいただきました。改めて御礼申し上げます。
 釈迦塚新田は、浅野家とその家臣二十五人で始まったわけですが、その中で栄枯衰勢を繰り返すし・絶家となった家、分家を多く出し勢力を広げた家、のちに他村から移り住み釈迦塚の一員となった人達を加え、四百年経った現在五十一戸を数えます。これらの人たちの栄光と繁栄に満ちた将来を、また平穏な釈迦塚町であることをお祈りいたします。
 最後に本誌の編集発行に際しご指導いただいた、あさひ印刷様に御礼申し上げます。

  平成十八年七月
文責 淡路久雄